ばっしょーから学ぶ九州方言 第1回「と」
この記事は九州を拠点とするアイドルグループ、ばってん少女隊の楽曲の歌詞やメンバーの日常会話などから九州方言を学び、メンバーの話す言葉をより深く理解したり自分も話せるようになったりしよう! という 趣旨の記事です。
今、着々と人気を集めている九州のアイドルグループ、ばってん少女隊。
私も ばってん少女隊の隊員(ばってん少女隊のファンの意)になって1年。
ばってん少女隊の皆さんのおかげで、九州のいいところをたくさん知ることができました。観光地、食べ物―—方言。
九州の方言、いいですよね。語感の可愛さは一級品。しかし、何となく語感の可愛さを感じているだけでなく、「九州方言のこの言葉はどんな意味だったんだ!」「この言い回しはこんな仕組みになっていたのか!」と知っていくのも、とっても面白く(interesting!)、楽しいのです。
この楽しさをできるだけ多くの皆さんにお伝えしたい――その一心で「ばっしょーから学ぶ九州方言」という記事を書くことにしました。このシリーズでは、1つの言葉をばってん少女隊の楽曲の歌詞などから、具体例を交えつつ深く掘り下げて理解していきたいと思います。
第1回は「と」について学んでいきしょう。それではLet's begin!!
今回扱う「と」について
ばってん少女隊の博多弁で、「と」といえば「とーと」を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
この「とーと」は「とー」と「と」で別の単語にあたります。以下の例文を見てみましょう。
いかがでしょうか。上記例では「とーと」では両方が、「おっしょい」では「と」だけが、「ありがとーと」では「とー」だけが単独で使われていますね。すなわち、「とー」と「と」はそれぞれ別々の単語なのです。
今回はこの2つの「と」のうち「と」のほうを扱いたいと思います。
「とー」はまた別の機会に。
「と」を理解する
「と」の共通語訳
「と」の共通語訳の基本は「の」
「と」は共通語に訳す[脚注1]とするなら、「の」となります。
【共通語訳】
あーれあれ、なんか元気がないね
どうしたの? どうにかしないと[脚注2]
youtu.be
※7:09ごろ
上田「なにしよると?」
【共通語訳】
上田「(普段ゲームは)なにしているの?」
訳すのに工夫が必要な「と」
「と」の使い方によっては、単純に「の」を「と」に置き換えるだけでは訳せないものもあります。「と」を「なの」と訳すと上手くいくもの
九州方言の「と」は名詞に直接くっつけることができます。例文
【共通語訳】Kさん「ハワイに行きたいね」
Uさん「だねー」
Kさん「明日行こうよ!」
Uさん「明日なの!?」
「と」を単に「の」に置き換えるだけだと「明日の!?」となってしまい、意味が分からなくなってしまいます。[脚注4]
これを解消するためには「の」を「なの」と訳すとよいです。
この「な」は助動詞「だ」の連体形であり、「断定」を表します。もともとの文章では「断定」の意味が含まれていないので厳密に訳せているわけではないですが、共通語の特性上、仕方ないです[脚注5]。
他の工夫して訳す必要がある場合
他にも工夫して訳す必要がある「と」があります。【共通語訳】
なにをしているのよあなたが主役さ
ここの「と」を「の」に置き換えると「なにをしているのね」となってしまいます。なんとも変な日本語な感じがしますよね。
これは「なに」と「ね」の相性(コロケーション)が悪い[脚注6])ことが起因しています。
これを解消するために、ここでは「ね」を「よ」と訳し変えると上手くいきます。[脚注7]
このように、九州方言の「と」は共通語の「の」は意味上ではほとんど同じですが、使い方は全く同じではないのです。
「と」の意味
続いて「と」の意味[脚注8]を確認していきましょう。
軽い断定
1つ目は「軽い断定」[脚注8]です。【共通語訳】
いつのまにか 僕の手 ぽかぽかになったのよ ありがとう
【共通語訳】
洒落ているカフェに行きたいって言っているの
youtu.be
※8:58ごろ
希山「でも勝てばいいとよ」
【共通語訳】
希山「でも勝てばいいのよ」
疑問・質問
2つ目は「疑問・質問」です。とんこつ水炊きめんたいこ
替え玉もいっちょとっとうと?
(ばってん少女隊「ころりん HAPPY FANTASY」[引用8])
【共通語訳】
とんこつ水炊きめんたいこ
替え玉もう1個取っているの?
youtu.be
※1:25ごろ
瀬田「今何しとると?」
【共通語訳】
瀬田「(スマホの壁紙は)今何しているの?」
youtu.be
※1:10:28ごろ
上田「なんで他の子みると? 理子ちゃんだけを見てほしいっちゃん ぷんぷん」
可愛い……。
【共通語訳】
上田「なんで他の子みるの? 理子ちゃんだけを見て欲しいの ぷんぷん」
2つの意味の使い分け
2つも意味があると、どちらの意味で話しているかを瞬時に見分ける必要がありますね。どうやって使い分けられているのでしょうか。教えて、春乃きいな先生~~!!
春乃
語尾に付けるんですけど、イントネーションで肯定にもなるし疑問系にもなる。“とーと”だけで使われることはないので、ちょっと英語っぽい感覚の言葉かもしれないですね。
(okmusic「【ばってん少女隊】最後にジャジャーン、ジャン!って飛んで締めたい」 [引用9])
ここでは「とーと」の説明をしているのですが、「肯定にもなるし疑問形にもなる」と説明している部分は特に「と」の説明をしています。
春乃きいなさんの言うとおり、イントネーションで肯定にも疑問にもなります。
さらに詳しく補足説明をしておくと、
①軽い断定 のときは下がり調子
②疑問 のときは上がり調子
で話されるのです。
まさに、英語っぽい感覚の言葉かもしれません。
「と」を実際に使用する
「と」は"終助詞"の「の」と置き換え可能
ここからは実際に九州方言を話せるようになろう! ということで、「と」の使い方について見ていきたいと思います。
要するに全部「の」に置き換えればいいってことでしょ? と思ったそこのアナタ、そう一筋縄ではいかないんです。
というのも日本語には「の」を使う場面が多くあります。
②このお芋は愛の。
③今日はばっしょーのライブに行くのよ。
④サイン入り生写真が入ってたの?
この4つの例のうち①②は"格助詞"の「の」、③④は"終助詞"の「の」です。
今回扱っている「と」と同じ働きをする「の」は③④の"終助詞"の「の」なのです。
それでは、さらに詳しく見ていきましょう。
助詞とは?
中学校の国語の授業で学習する内容なのですが、とっくの昔に忘れてしまった方も多いと思うので復習。助詞について語るには「文節」について語る必要があります。
文節とは、意味を壊さない程度に一文を小さく区切ったことばのことを言い、「ネ」などをいれて区切るものです。
例
昨日の夕方に、ばってん少女隊のライブに行って、おっしょいでたくさんヘドバンした。
→昨日の/夕方に/ばってん少女隊の/ライブに/行って/おっしょいで/たくさん/ヘドバンした/
「/(スラッシュ)」を「ネ」に置き換えることができますね。
それでは下の表を見てみましょう。
※自立語:単独で文節となる
※付属語:単独で文節とはならない
この表で助詞は右下にありますね。すなわち、「単独で文節とならず、活用しない単語」が助詞であるといえます。
――ときちんとした説明をしていきましたが、だいたいは「そんなに重要な意味を持っていなくて活用しない単語」くらいの認識でも、話すうえでは困らないかもしれません。
終助詞とは?
助詞には大まかに分けると4種類存在します。・格助詞
主に名詞に付いて、その語と他の語の関係を示す
・接続助詞
前の語の意味を接続詞のように後ろの語と繋げる
・副助詞
特定の意味を付加する
・終助詞
文末に付いて特定の意味を加える
このうちの最後のものが終助詞です。
イメージを掴むために、例文を見ておきましょう。
・さくらが元祖長浜屋でラーメンを食べている
・理子がラジオでMCをしている
接続助詞
・空が綺麗なので、写真を撮った
・スーパーの音楽を聴いていると楽しくなってきたので踊った
副助詞
・グッズが少ししか残っていない
・この曲をコラボするのは今日だけなんです
終助詞
・百道にはどっちに行けばいいですか?
・ばっしょーのライブは楽しいよ
いかがでしょうか。イメージは掴めましたか……?
――と真面目に説明してきましたが、だいたいは「文章の最後のほうにつく活用しない語」を終助詞だと思ってもらって大丈夫かもしれません。
しかし、上の例で挙げた①~④の「の」のうち、②「このお芋は愛の。」は文章の最後についているのに、九州方言の「と」として置き換えることが出来ません。なぜでしょうか。
敵を知る――"格助詞"の「の」
②「このお芋は愛の。」
のように、九州方言の「と」に置き換え可能な「の」("終助詞"の「の」)と紛らわしい「の」に、"格助詞"の「の」があります。
ここでは、"格助詞"の「の」の意味を知ることで、"終助詞"の「の」との判別に役立てたいと思います。
"格助詞"の「の」
㋑連体修飾語
㋒体言の代用
㋓並立
こちらもイメージを掴むために例文を。
・上田さんの話すことは面白い
主語といえば「が」。この「の」は「が」に置き換えられますね。
㋑連体修飾語
・崇シ増シ×××物語は、ばっしょーの曲だ
要するに、英語でいうところの所有格のようなもの。「ばっしょーの曲」は"a batten girls' song"と英訳できますね。
㋒体言の代用
・このお芋は愛の
問題となっている文章。この「の」は「愛のもの」を表しているため、"終助詞"の「の」とは別物なのです。
㋓並立
・ああだの、こうだの
あんまりいい気分にならない例文ですが、思い浮かばないのでご容赦を。
上記の4つの意味で使われていない「の」が、九州方言の「と」に置き換えられる"終助詞"の「の」である可能性が高いのです。
「ありがとーと」の秘密
さて、博多弁の「と」として冒頭では「とーと」を挙げましたが、「ありがとーと」を思い浮かべた方も多かったのではないでしょうか。www.youtube.com
では「ありがとーと」の「と」は今回見てきた「と」と同一のものなのでしょうか。
答えは"No"なんです。以下の歌詞を見てみましょう。
……分かりますでしょうか。分かりやすく書くと
「ありがとう」と、言ったとき
どうしてだろう、また会いたくなるのは
(ばってん少女隊「ありがとーと」を一部改変[引用3])
なのです。この「と」[脚注9]は共通語でも使いますよね。
のように。
実際、九州出身の方は「ありがとーと」と言って感謝を伝えることはありません。
「そんな……」とショックを受けないで。
実際に方言として使われることがなくても、「ありがとーと」は博多弁の可愛らしさを上手く表現した言葉になっているのです。
まとめ
今回は「と」について学んでいきました。途中いろいろ細々としたことも言いましたが、
基本的には「の」に置き換えて訳せばだいたい意味が分かる!!
を今回のまとめにしたいと思います。
それではまた次回!!
ここまで読んでくださり、ありがとーと🤞
脚注
脚注1 ^:「訳す」という行為は近似にしかならない(翻訳前と後が全く同じにはならない)ため、訳すことで多少ニュアンスが変わってしまうことをご留意ください。そもそも「訳そう」とすること自体がナンセンスなのかもしれません。
脚注2 ^:「どうにかしないと」の「と」は共通語でも使用する「と(接続助詞:確定の条件)」です。
脚注3 ^:この例文のように九州方言の「と」は名詞に直接つけることが可能ですが、使用頻度自体はかなり低いです(「違和感を感じる」とおっしゃる九州の方もいます)。福岡出身の方によると「明日行くと!?」などと言うほうが多いそう(筆者も長崎での肌感覚としてそのように感じました)。
脚注4 ^:「明日の!?」は共通語として単純に理解すると「明日のもの」という意味("格助詞"の「の」の「体言の代用」の意味)になってしまい、意味が異なってしまいます。
脚注5 ^:ここで上手く訳せないのは、共通語 終助詞の「の」の直前には「終止形」がくるのに対し、九州方言「と」の直前が「連体形」がくることが理由です。この記事では、名詞に直接付けることもできる助動詞の「だ」を間に繋げることで、この原因を解消しているのです。
脚注6 ^:単語と単語には相性があります。例えば「靴下を履く」という表現は自然でも、「靴下を着る」という表現はちょっぴり不自然ですよね。この「靴下」と「着る」の関係と似たような関係が、「なに」と「ね」の間で起こっているのです。
脚注7 ^:もちろん、「ね」と「よ」は完全に同じではないので、ちょっとニュアンスが変わってきます。「なんばしよっとね」では急き立てているようなニュアンスが出ている(歌詞の流れを想像すると分かりやすいと思います)のに対し、「なにをしているのよ」ではそういったニュアンスが消えていることを、福岡出身の方からご指摘いただきました。
脚注8 ^:今回「と」の意味として取り上げた2つの意味は、九州方言の「と」が共通語の「の」とほぼ同じ働きをするという前提のもと、筆者の手元にあった国語便覧に掲載の「の」(共通語,格助詞)の意味を流用しています。「断定」とありますが、「だ」よりも弱い断定であるため、「軽い断定」と記述しております(国語便覧も「の」の意味として「軽い断定」を掲載)。
脚注9 ^:この「と」は"格助詞"の「と」で、意味は「引用」となります。
引用文献
引用1 ^:ばってん少女隊「とーと」,2017年発売,作詞・作曲 松田岳二引用2 ^:ばってん少女隊「おっしょい」,2016年発売,作詞・作曲 渡邊忍
引用3 ^:ばってん少女隊「ありがとーと」,2020年発売,作詞 ヤマモトショウ,作曲 Yocke
引用4 ^:ばってん少女隊「アツか夏きたばい!」,2015年発売,作詞・作曲 木下智哉
引用5 ^:ばってん少女隊「ばりかたプライド」,2021年発売,作詞・作曲 ANDW
引用6 ^:ばってん少女隊「君の手」,2016年発売,作詞 中谷信行・川之上智子,作曲 中谷信行
引用7 ^:ばってん少女隊「崇シ増シ×××物語」,2019年発売,作詞・作曲 TAKUYA
引用8 ^:ばってん少女隊「ころりん HAPPY FANTASY」,2017年発売,作詞・作曲 麻方詩乃
引用9 ^:okmusic「【ばってん少女隊】最後にジャジャーン、ジャン!って飛んで締めたい」,2017年6月20日初版公開,2022年3月9日閲覧, https://okmusic.jp/news/184305
特記事項
・この記事は隊員(「ばってん少女隊のファン」の意)が作成した、非公式の記事です・この記事は九州方言に魅了された関西人が、方言に関する文献を読んだり、実際に長崎に住んだ経験をもとにして書いています
・筆者が九州方言に関しては非ネイティブであるため、九州出身の隊員の方にご協力いただき、内容を校閲していただいております
・記事の内容の正誤には十分注意していますが、それでも九州出身の方で「自身の感覚とは異なった説明がなされているな」と感じる可能性があります。その場合、下のコメント欄でこっそり教えていただけると嬉しいです
・そもそも言語感覚は十人十色なものです。ここに書いてある内容が九州方言を話す人全員に当てはまる訳ではない可能性もあります
・記事の内部で文法的な説明を試みているところがありますが、方言という分野の特性上、学術的にも定説が定まっていないものも多くあり、筆者の独自の理解も交えて説明をしております。また、定説が定まっているものであっても、(十分注意しておりますが)筆者の学習不足により誤った情報を伝えている可能性もあります。この記事の内容は、あくまで趣味の範囲のものであることをご理解ください
・この記事の一部では敬称略とさせていただいたところがあります
・この記事の例文などで、ばってん少女隊のメンバーの名前が挙がっているところがありますが、特に出典のないものはすべて筆者が考えた文章であり、フィクションです
Special Thanks:事前に読んでいただいて、ご意見をくださった九州出身の隊員の皆さん